東アジア地域の経済発展の特徴

東部臨海工業地帯開発計画の再開が閣議で決定され、土地造成の工事が始まったのは1987年2月のことである。そして翌年成立したチャートチャーイ政権は、従来予定されていた一連の石油化学プロジェクトの投資奨励をいっせいに認可した。その結果1989年までにはエチレンやプロピレンのプラント、プラスチック製品や合繊製品の素材となる塩化ビニール樹脂・ポリエチレンなど計14の投資事業が発足した。

さらに同じ時期には石油化学と並んで自動車エンジン国産化計画(サイアムセメント、トヨタ自動車グループなど)、鉄鋼一貫プラントの建設計画(サハウィリヤー・グループ)、衛星放送を含む情報通信事業(CPグループ)など、NIES型工業化政策の指標は工業製品輸出の高度化、重化学工業化、金融自由化の3点である。タイは1990年に「IMF八条国」の仲間入りを宣言し、為替・金融に対する政府規制の緩和にも乗りだした。

「IMF八条国」とは国際通貨基金(IMF)協定の八条を受け入れ、外国為替に対して政府が制限的措置を取らないことを約束した国を意味する。これは途上国が国際金融の面で先進国と同等の発言権をもつための必要条件であった「日本は」(1964年に仲間入りを宣言)。したがって、さきの指標に照らし合わせるならば、現在のタイは、明らかにNIES型経済に向かっているといえよう。

もっとも、農水産畜産物とその加工品の輸出は近年そのシェアを低下させっっあるとはいえ、金額の方は依然伸び続けている。また、就業人口に占める農業人口の比率も韓国・台湾と比べると依然高い。これらの点を加味するならば、タイ経済の現状はNAICにNIESを組み合わせた体制といった方がより正確なのかもしれない。

タイ経済のNIES化現象が国外の要因、つまり円高や日本をふくむ東アジア地域の国際競争力の変化によって主導されてきたことは否定できない。同じくタイからの工業製品輸出の急増や重化学工業化の開始がアジアNIES企業や欧米・日本の多国籍企業の進出を受けて実現したこともこれまた否定できない事実である。

半導体、カラーテレビ、コンピュータ部品の輸出の大半、玩具、クリスマスツリー部品、箸などの雑貨類の輸出、繊維、衣類の輸出の一部などは明らかに外国企業、とりわけ1987年以降タイに進出した外国企業が担っている。同様に石油化学プロジェクトの場合もイギリスのICI社、アメリカのデュポン社やダウケミカル社、ベルギーのソルペイ社、日本の住友化学など多国籍企業の進出に負うところが大きかった。自動車エンジン国産化プロジェクト(日本)、鉄鋼プロジェクト(日本)、情報通信事業(アメリカ、イギリス、日本)も、似たような状況である。

しかしだからといって、タイ経済のNIES化を押しなべて外国資本や多国籍企業の進出に結びつける議論には私は反対である。こうした議論はしばしばタイを「従属的経済」とか「多国籍企業の国際的下請け工場」と位置づけるが、半面、次のような重要な事実を視野にいれていないからである。

例えば工業製品輸出のうちアグロインダストリー関連。繊維・衣類、宝石、運動靴、プラスチック製品、冷凍エビのCPグループ、ツナ缶詰のユニコード、タイユニオン、繊維のサハユニオノ、スッグリー、運動靴のサハ、サハユニオン、プリント基盤のチソテックなどがその事例である。

他方、重化学工業プロジェクトの場合には、タイ政府が外国資本の出資比率を49%に抑制していた。換言すれば、残り51%を出資する現地資本がいなければプロジェクトはそもそも成立しないのである。しかも一連のプロジェクトの現地パートナーを務めているのは大半が既存のタイ系財閥であり、多国籍企業が恣意的に支配できる存在ではなかった。

こうした事実を無視して外国企業によるタイ経済の支配を強調してもそれは実態の正しい把握にはつながらない。むしろ注目すべきは1980年代後半から始まるタイ系財閥の事業再編と経営改革の進展であろう。つまり国際環境の激変と政府の政策転換に機敏に対応する彼らの存在をタイ経済のNIES化を支えてきた担い手として評価しなおす視点が必要なのである。

私がいいたかったポイントはタイ経済のNIES化現象を外的要因や多国籍企業の進出に安易に還元するのではなく、タイ系財閥自身の自己変革やイノベーションに求めようとした点にある。同じ視角はサリット体制を「開発独裁論」や「対米従属論」に還元するのではなくサリット自身の開発概念に即してとらえ直そうとした視角と方法にもつうじていることを付言しておきたい。

さて、1980年代末以降の経済変化を特徴づけているもうひとつの側面はNIES化現象にともなって生じた、タイ経済のバブル化とサービス産業の進展であった。より具体的にいえば一般市民を巻き込んだ株式ブーム、ゴルフ場やリゾート開発に代表される土地投機、百貨店・スーパーの相次ぐ開店、マクドナルドやS&Pグループに示される外食産業の著しい発展、ケーブルテレビ、ファクシミリ、衛星放送に代表される情報通信産業の本格的な始動がそれであった。

渡辺利夫氏はかつて東アジア地域の経済発展の特徴を「圧縮された工業化」と名づけた。つまり技術水準の異なる産業が同じ時期に生産を開始し、しかも個々の産業が先進国の経験よりもはるかに短期間にキャッチアップしていく工業化パターンをそう表現したのである。

— posted by チャッピー at 05:48 pm