越僑がベトナムに帰国して生活していくのは困難であったようである

1996年~1998年の段階でも、越僑がベトナムに帰国して生活していくのは困難であったようである。一例を挙げよう。米国から1997年に里帰りしたトゥオン氏(当時45歳)に話を聴いたことがある。彼は米国で展開していた建築資材の会社をベトナムでも立ち上げ、祖国の復興のために役に立ちたいと家族の反対を押し切って帰国した。

だが会社を設立するためにホーチミン市の関係部局に行ったところ、多額の袖の下を支払わないと経営登録許可はすぐには出せないと言われたという。不正は出来ないといって賄賂の支払いを拒否したところ、許可は滞在期間中には出なくなった。それで、米国に戻らざるを得なくなったという。

いったん米国に戻って再度1年後にホーチミン市に戻ってきたが、他にもいろいろな嫌がらせを受けたという。たとえば、親戚から借りた自家用車で街を走っていたところ、交通警官に止められて運転免許証の提示を求められて越僑だと分かると車両不整備だという理由にもならない理由で多額な反則金を請求されたという。

結局、まだ時期尚早でとても越僑がビジネスを行なう環境ではないと諦めたという。こういう事態は最近まで続いていたが、事態の改善に決定的だったことは2000年に施行された企業法だと言われている。経営登録手続きの公式化と簡素化が図られた。これによって、袖の下を払わずに、越僑でも誰でも会社の経営登録許可を得ることが出来るようになったのである。そして民間企業に課されていた諸規制も併せて撤廃された。

だが、それでも共産党政府と旧「南」政府関係者が多い越僑との間には深い相互不信がわだかまっていた。戦後30年以上を経過してようやくベトナム政府も本格的に越僑を受け入れる体制を構築した。長い準備期間の後、2007年8月からどの国の国籍を取得していても両親どちらかがベトナム国籍を有していたことで申請人がベトナム人であることが証明されれば本国へはビザなしで渡航することが許可されることになった。

具体的に言うとビザなし帰国を希望する者は各国の大使館か領事館に出頭してベトナム人であることが証明でき、かつ反体制の政治活動をしない誓約書を提出して審査に合格すれば、証明書が発行される。その証明書を入国時に提示すれば、入国出来るというシステムである。

この許可を一度取得して事故さえ起きなければ、越僑は自由に祖国に入国できるという利点が越僑側にはある。他方、ベトナム政府にとっても利点がある。各国出先機関で事前調査をして、越僑をスクリーニング出来るからである。つまり危険な同胞はブラックリストに掲載して入国させずに害を及ぼさないと判断した越僑はビザなしで入国を許可するという、いわば全世界越僑管理システムを作り上げたのである。世界に散らばる越僑の実態を本気で把握しようとするベトナム政府の決意が表われている。

さらに外国籍のままでもベトナムの土地や建物を合法的に取得出来るという制度を新設した。それまではベトナム国籍の者しか土地建物を取得できず、越僑は国籍が違えば国内で自分の家を購入することもままならなかった。戦争終了後32年たって初めて越僑が正式に帰国して定住することが認められたのである。越僑は2006年には実質100億ドルにおよぶ祖国への送金をしている。この越僑の協力をどう得ることが出来るかにベトナムの将来がかかっている。

— posted by チャッピー at 03:09 pm